1983年製作のこの映画を封切りで見たのは、ボウイと坂本龍一が好きだったまだ10代だった頃。
30年近い月日が過ぎて、もう一度この映画を見てみた。若いときには見えなかったことが、よく見えた。
ふたつの関係が浮き彫りになる。たけし扮する鬼軍曹の原と、英国大佐ローレンスの奇妙な関係。坂本龍一扮するヨノイ大尉と、ボウイ扮するセリアス少佐の関係。戦争という垣根をはずせば友情で結ばれてたかもしれない4人。日本帝国軍は菊の紋章のために、正義を貫こうとした。連合国の捕虜は、病人を気づかい、彼らの正義を貫こうとする。正反対の正義のぶつかりあい。劇中、何度かローレンスが口にする言葉。「正しい者など誰もいないんだ」。
セリアスがヨノイにキスをするのは、きっと、弟を守ることができなかった消え去ることのない苦い思い出からだと思った。セリアスはそこで自分の正義を見せたのかもしれない。そのことにより、セリアスは連合軍の他の捕虜をかばい、自分は処刑されることに。
ヨノイは、自分で切り取ったセリアスの髪の毛を、自分の死後、地元の神社に奉納してほしいとローレンスに頼んで死んだ。鬼畜米英と言われていた時代に、敵の遺品を神社に奉納するということは、セリアスを神の一部にしてしまうことだ。
鬼軍曹の原は処刑の前日にローレンスと再会する。昔話をして、つかの間、二人は笑う。原は、「他の兵隊と同じようにしていたのに、なぜ自分だけが。。。」とローレンスに言う。4人の中でローレンスだけが生き残る。誰もが正義が何かを知らずに戦っていた時に、正義の愚かさを一番知っていたのはローレンスだったと思った。
お仕着せの正義と友情が重ならなかった時代の話。
今の時代も、そう変わっていない。
2 comments:
なつかしいなぁ・・・
大島渚は、「青春残酷物語」と
やっぱり「愛のコリーダ」が
好きです。
オォッ、なかなかの大島監督通ですね!最近の病状はどうなのか。。。
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